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不動明王

 厄難除災と煩悩を断ち切る不動明王、その起源はインドのアチュラ(動かないもの)あるいはアチュラナータ(不動なる尊者)であり、ヒンドゥー教の代表的忿怒尊であるシヴァ神の多数の呼称の中に認められることから、従来、シヴァ神の信仰がそのまま仏教の不動明王に変化したという主張もあるが、その基本的姿からはシヴァ神の要素だけでは説明できない。

仏教上の不動明王
 仏教文献上では、釈迦を中心にした観音曼荼羅の北側の尊格の一つとして「北面の西より第一は、不動使者なり。左手は羂索を執り、右手は剣を持し、半跏趺座す」とあり、「不動使者」つまり「使い走り」としての不動が原初の姿であったようである。
 大日如来の使者として童子の姿をとるのが最初の不動明王のイメージであるが、その後、教化しにくい人々を教化するために、

外見上恐ろしい姿をした尊格が必要となり「忿怒王」の特色が顕わになってくる。さらに大日如来がおとなしく従わない人々を従わせるために恐ろしい姿を仮に顕わした存在として解釈されるようになった。

日本への伝来
 わが国の不動明王信仰は、弘法大師空海が中国より不動明王を本尊とする経典を持ち帰ったことから実質始まった。空海が帰国の時、暴風に会い、中国将来の不動明王像に祈願して無事を得たという伝説があり、この波切不動像は厄難除災に効験あるほとけとして篤く信仰された。
 不動明王は空海によって護国のほとけとして出発したが、以降、様々の尊格を本尊とする密教の修法が確立し、国家護持に加えて、貴族階級の人々によって安産や治病などの祈祷にも用いられた。また、山岳の修験者たちが、密教、とくに不動明王を積極的に執り入れ、護摩行を通して日本中に広めていった。
 また、鎌倉時代末期頃の十三仏思想の成立の結果、不動明王が死者廻向、それも新仏の初七日忌の本尊に取り上げられ、追善供養の性格を付加されていった。
 江戸時代以降は、関東の成田山の発展が大きな力となって、現世にいろいろなご利益を与えてくれる力強いほとけとして、密教の枠を超えて多くの人々の中に溶け込んでいった。一般に考えられている不動明王は、その姿より、剣によって悪しきものを打ち破り、羂索によって言うことを聞かないものを捕らえ、現在のわれわれを救ってくれるほとけである。襲いかかる諸々の災難に敢然と立ち向かうほとけとして現代に適応させたのが交通事故除け不動明王であろう。

成田山
 成田山明王院神護新勝寺。
 「当寺大縁起」(元禄十三年刊)によると、京都広沢遍照寺の寛朝僧正が、平将門調伏のため、京都高雄の神護寺護摩堂の本尊だった不動明王を奉納して下総の成田の里まで下り、そこで調伏の護摩を修したのが同山の開創と伝えられている。
五大明王信仰
 一尊でも強力な力を持つ明王を五尊集めて一つのグループにした五大明王は、空海が、京都の東寺の講堂に「仁王経」および「金剛頂経」に基づく立体マンダラを構築して以来、急速に広がった。不動尊を筆頭に、隆三世、軍茶利、大威徳、金剛夜叉(または烏枢沙摩)の五尊をさす。

十九種の図像的特徴とその意味
1. 大日如来の化身であること。
2. 真言中に阿・路・吽・  の四字があること。
3. 常に火生三昧に住していること。
火生三昧とは不動自体が火を生じ、迷いの障りを焼く智恵の火になって三昧(瞑想の境地)に住することを意味する。
4. 童子の姿を現し、その身容が卑しく、肥満であること。
不動の起源が如来に使い走りする童子に由来こととインドでの童子の理想の姿が肥満であることによる。
5. 頭頂に七莎髻があること。
七莎髻は、悟りに到達ための七つの方法である七覚支を指す。
6. 左に一弁髪を垂らすこと。
左に弁髪を垂らすのは、左が慈悲を象徴するからだといわれる。
7. 額に水波のような皺のあること。
不動はしかめ面をしており、このしかめ面はインドの奴隷階級の苦しみを表わしたものが転じて、日本では六道世界に輪廻する衆生を哀れんだものとされる。
8. 左の眼を閉じ、右の目を開くこと。
左眼を閉じるのは、低劣な教えである左道に陥るのを防ぐ意味がある。
9. 下の歯で右上の唇を咬み、左下の唇の外へ出すこと。
魔性のものを恐れさすためとされる。
10. 口を固く閉じること。
口を閉じることは威嚇の姿または無駄な空理空論を排除し、真の瞑想体験を勧めるもである。
11. 右手に剣をとること。
貧(むさぼり)・瞋(いかり)・痴(おろかさ)の三毒の煩悩を打ち滅ぼす刀剣は、知恵の利剣といわれる。
12. 左手に羂索を持つこと。
羂索は、鳥や獣を捕獲する一種の投げ縄で、この縄が目に見える悪しきものや見えない煩悩を縛り上げるといわれる。
13. 行者の残食を食べること。
不動明王は、密教行者が残した食べ物を全て食べ尽くすといわれ、我々が捨てきれない根本的な迷いを代わりに減らしてくれることを意味している。
14. 大磐石の上に安座すること。
立像以外、岩座かレンガ状の石材の台座(瑟々座)に座しており、諸々の障りを鎮め悟りを求める心(菩提心)を動かさないことを表わす。
15. 色が醜く、青黒であること。
インドでは忿怒の神々が青黒色で表現されることによる。
16. 奮迅して忿怒であること。
奮迅は猛々しいことを意味している。
17. 光背に迦楼羅炎があること。
不動明王の背後に生じる火炎が、神話の鳥迦楼羅が羽を広げたような姿をしていることをいう。
迦楼羅はインドのヴィシュヌ神の乗り物であり、多くの蛇(龍)を常食にしている鳥である。
18. 倶利迦羅龍が剣にまつわりついていること。
昔、仏教の代表者不動明王が九十五種の外道(異教徒)と論争した時に、不動が智火の剣に姿を変えたとたん、外道の者が対抗して智火剣に変身した。そこで不動明王は恐ろしい龍の姿をした倶利迦羅龍に化けて、相手の剣を四つの手足で押さえつけ、飲みこもうとして相手を屈服させたという説話による。
19. ニ童子が侍していること。
不動明王の左右または一方に矜羯羅と制吁  迦の童子が脇侍として従える。矜羯羅はサンスクリット語のキンカラを音写したもので「何をしようか」ということで、命令を聞く「奴隷、従者」という普通名詞になった。
制吁  迦(または制多迦)はサンスクリット語の「チェータカ」の音写したもので従僕や奴隷を意味をもっている。両者ともヒンドゥー教では悪鬼の一種の意味を持っている。
(NHKブックス「庶民のほとけ」頼富本宏著より)



お不動さま案内
 散歩道で紹介している中でお不動さまを祀っているのは次のお寺である。

タイトル 寺社名等 備考
寺社巡り 井口院 三鷹不動尊として親しまれている
深大寺 深大寺の東側に不動の滝(滝上に不動明王の石像と不動堂がある。
常性寺 調布のお不動さんとして親しまれている